ーーそれが、桜の真名…

ーーそれが、桜の真名…

 

牙蔵は優しい顔で静かに目を閉じる。

離れの木戸がそっと閉まった。

 

「…」

 

静かに、夜が更けていった。期指 同じ褥で抱きしめる詩のカラダが熱い。

 

明かりを消した離れのーー褥の中、信継は薄暗がりで詩の顔をじっと見つめる。

 

「詩…?

…熱が出て来たか?」

 

「いえ…」

 

 

詩を褥に横たえた後、信継も夜着に着替えていた。

そして、1つの褥にもぐりこむと、詩を優しく抱き寄せた。

 

同じ褥で寝るのは2回目なのに、詩はカラダの芯から熱くなっていた。

 

毒による熱、ではなさそうだ。

 

大柄な信継の、筋肉質で逞しい胸板。

太くて硬い腕。

信継の匂い。

 

すっぽりと胸におさまり、抱きしめられて安心する半面、ドキドキと鼓動が高鳴る。

信継が男の人で、男の人は、女の人とは全然違うんだとーー当たり前だけれど、密着したカラダに、思い知らされる。

 

『…今夜から…寝るのは毎晩一緒だ』

 

あの日ーー温泉宿で誓った通り、詩はもう心を決めている。

 

信継を受け入れ、これからずっと、共にあり、心から愛していくことを。

 

「信継様…」

 

詩が顔を上げて信継を見上げると、信継がほのかに赤くなった。

 

あまりにも近いーー吐息の触れる距離に、詩もまた赤くなる。

 

「…熱は大丈夫です。

 

熱いのは、たぶん…」

 

コクンと信継の喉が鳴る。

 

「…何だ?」

 

「………信継様に…ドキドキ…しているからだと…」

 

上擦りそうな声を抑え、何とか小さく呟く詩。

 

「…っ」

 

信継は切れ長の瞳を一瞬見開きーーそれからまた真っ赤になってーー

口を結んで目を閉じた。

 

「…」

 

「……のぶ

………っ」

 

信継は詩をグッと抱き寄せ、詩の頭を毬のように自分の胸の中に抱え込む。

 

詩の耳に飛び込むのは、ドッドッドッと速く脈打つ信継の胸の音。

 

「…っ」

 

ーー信継様もーー

 

同時に、詩の頭の上から、ため息が聞こえた。

 

「ドキドキか…。

 

そうか…。

 

…可愛いな…」

 

「…っ」

 

「俺の心の臓も…速いな」

 

詩は胸の中で小さく頷く。

愛おしいーー

 

信継は優しく詩の頭を胸から離すと、目を合わせて優しく微笑んだ。

 

「詩…愛している」

 

「…っ」

 

ますますカアッと詩のカラダと顔が熱くなる。

 

「…俺も…詩にドキドキしている」

 

「…」

 

詩は真っ赤になりながらまた小さく頷いた。

 

信継の顔がゆっくり近づく。

 

「…」

 

詩は赤い顔のまま、目を閉じた。

 

唇がそっと触れ合う。

 

何度もーー何度もーー何度も。

 

遠く山の方から、微かにお寺の鐘が聞こえ始める。

 

ピク…と反応する詩を抱きしめて、信継は口づけを続ける。

 

「…」

 

何度も…何度も。

 

やがて2人の吐息が混ざっていく。

 

「…ん…」

 

鐘がなる。

 

静かな部屋。

 

吐息とーー唇の触れ合う、濡れた音とーー

 

とろりと蕩けそうな視線が絡む。

 

鐘の音がやんだ。

余韻を残してーー

 

「詩…愛してる」

 

「…私も…お慕いしています…」

 

まだ整わない息でなんとか言うと、信継がフッと笑った。

 

ウルウルと潤んで、とろんとした瞳に信継が口づけを落とす。

 

「おやすみ」

 

「おやすみなさい…」

 

熱くなったカラダを、信継に引き寄せられるまま預ける。

 

暖かな褥の中の空気にーーやがて詩はまどろんでいった。

『信継』

 

温かな信継の胸に抱かれてーー穏やかに朝を迎えた詩は、外からの声にパチッと目を開けた。

 

信継も同時に目を開ける。

 

「…もう朝、か」

 

辺りはほの明るい。

 

信継と詩の目が合う。

 

信継はフッと笑うと、詩の髪を撫でた。

 

「…よく眠れたようだな。

 

2人で迎える新しい年だ…おめでとう」

 

「…あけましておめでとうございます」

 

慣れない詩はやっぱり赤くなった。

 

コンコンコンっと離れの戸が叩かれる。

 

『のーぶーつーぐー!』

 

信継は小さく息を吐くと、詩の唇にちゅ、と掠めるような口づけを落とす。

 

ますます真っ赤になる詩の頭を名残惜しそうに一撫ですると立ち上がり、離れの戸口に向かう。

 

『牙蔵』

 

『信継急げ。お前の