何かを堪えるようにグッと
何かを堪えるようにグッと眉間に皺を寄せた土方を見て、沖田は途端に冷静になっていく自分に気が付く。
本当は「お前のせいだ」とられるつもりだった。そうすれば、この戦を諦めて病人として大人しく姿を消せる。刀を握りたくて仕方ないと吠えている己の心に折り合いを付けられる筈だった。
だが、土方はそれどころか全てを自分の采配のせいだと思っているらしい。下手すれば、自分の病が悪化の一途を辿っていることすら、髮旋脫髮 己のせいにしていても可笑しくは無い。
沖田と近藤が横たわる姿を目にする度に、自責の念に駆られるのだろう。
──辛いのは私だけでは無い。この人の方が余程哀れだ。近藤先生の居ない戦場で、隊を守っていかねばならぬのだから……。
それでも弱音を上手く吐けないこの不器用な兄のために、無力な己が何をしてやれるか。
その答えはもう決まっていた。彼を戦のことだけに専念させてやることだ。
「土方さん、大坂城には松本法眼が居るのですよね」
「ん?ああ……。どうにか近藤さんの傷を見て貰えねえかと遣いを寄越したが、来て貰うことは難しそうだ」
外科を専門とする蘭方医である松本ならば、まさに近藤に相応しい医師である。しかし、御典医であるために慶喜へ付き添って大阪城へ入っていた。
「それなら、私と近藤先生は大坂城へ移ります」
その申し出に、土方は目を丸くする。すっかり沖田は死んでも戦場へ出たいと言うものだと思っていた。近藤も然りのはずだが、きっと沖田の言うことなら聞くだろう。
「良いのか……?」
「ええ。善は急げと言いますから、明日にでも。近藤先生のことは私に任せて、土方さんは心置きなく戦って下さいよ」
足でまといになりたくないという気持ちもあるのだろうが。あれほど剣士として在ることに拘っていた沖田が、初めて自ら隊から離れることを選択したのだ。
悔しいだろう、己の手で仇を取りたいだろう。その心中をれば胸が張り裂けそうだった。けれども、他でもないのために発つのだ。不意ながらも涙が出そうになり、慌てて空を見上げる。「……すまねえな、総司。他のやつも同行させる」
その言葉に、沖田は首を横に振る。そして手にしていた木刀を握ると、得意の突きを繰り出した。
一陣の風が土方の横髪を掠める。前に比べると威力は落ちたものの、未だに沖田総司の剣は健在だった。その細腕の何処に力が残されているというのか。
「今度こそ、近藤先生は私が護ってみせます」
ケホケホと咳き込みながらも、沖田は笑って見せた。
「…………馬鹿野郎。幾許も歩けねえだろうが。行きは誰かを付ける。けれど大坂城ではお前に任せたよ」
「痛いところを突かれたなぁ……。分かりました、それで手を打ちます」
冷たい風が頬を叩く。いよいよ日が沈み、辺りはすっかり闇に包まれていた。
隊士が忙しなく篝火を中庭にも灯しにやってくる。それを横目で見ながら、土方は口を開いた。
「……総司」
「はい」
「お前は……心まで病人なんかになっちゃいねえさ。沖田総司は何があっても武士だよ」
それを聞いた沖田は僅かに口角を上げる。そして困ったように眉を寄せながら、星のない空を見上げた。
「……そうですか。それなら、あの約束はまだですね」
「あの約束?」
「忘れたとは言わせませんよ。西本願寺の境内で、手合わせをした時のことです」
その問い掛けに、いつかの夜の匂いが鼻腔を掠めた気がした。
『もしも、私が床に伏せて動けなくなって、使い物にならなくなったら……貴方が斬ってくださいよ』
あの時は冗談だと考えていた。しかし、今思えば沖田にはこうなることが分かっていたのではないかとすら思える。
「……ああ…………。覚えている」
「それなら良いです。あと、もう一つお願いがあるのですが……」