『そんな事はないですよ

『そんな事はないですよ。貴女は何処から見ても女性ではないですか』

 

沖田は 井戸から水を汲み、天秤棒に吊り下がった桶を担ぐ。

 

 

『力仕事は男の仕事ですから。朱古力瘤 まあ、貴女はお転婆すぎますけどね』

 

沖田はクスクスと笑いながらそう言った。

 

『何だと!折角褒めてやったのに!』

 

『わ、桶ひっくり返したら大惨事なので駄目ですよ』

 

女は振り上げた拳を下げると、何処か落ち着かない様子でそわそわとする。それに違和感を覚えたが、沖田はそのままにした。

 

 

ある日のことだった。

 

『その…宗次郎、さん』

 

『どうかしたのですか、改まって。その格好は?何処か出掛けるのですか』

 

沖田が一人で稽古をしていると、女がやってきた。

慣れない紅を指し、綺麗に髪を結い上げ、鮮やかな着物を着ている。

 

 

『違う!その…宗次郎さんは心に決めたは居るのかい』

 

『へ、居ませんよ』

 

沖田は素振りの手を止めて、驚いた表情を浮かべた。

 

 

『なら、あたいと結婚してくれないかい!』

 

女は真っ赤な顔をして、そう叫ぶ。

突然の告白に沖田は驚愕する。そして叫んだものだから、近藤やら土方やらが道場から出てきた。

 

 

『お、宗次郎にも春が来るのか』

 

兄弟子達が次々出てきては冷やかしの声が飛び交う。

 

『え、あ、その…。私は…修行中の身ですので…。すみません、気持ちには応えられません。貴女にはもっと良い が現れますよ』

 

 

沖田がそう言えば、女は着物の裾を掴み、みるみるうちに目に涙を浮かべた。

 

『分かった…。すまなかった!変なこと言って!』

 

そう言うと走って行く。沖田はどうしていいか分からず、立ち尽くした。

 

兄弟子達は興味を失ったかのように、道場へ戻っていく。

近藤と土方は仕方ないといった笑みを浮かべていた。

 

夕刻になっても女は戻ってこず、流石に心配になった沖田は一人で探していた。

 

すると、井戸の近くで蹲る女を見付ける。

 

『ああ、居たーー』

 

 

その身体は小刻みに震えており、どうも様子がおかしい。沖田は恐る恐る近寄った。

そして目を見開く。

 

『…ッ!だ…大丈夫ですか!!』

 

女は頭に差していた簪で喉を突いていた。

頸動脈は外したようだが、血がべっとりと地面にも付いており、女は力なく井戸に凭れている。

 

 

偶然近くを通りかかった、食客の原田と永倉がその尋常ではない声に反応して駆けつけた。

 

そして女を担いで町医者へ走って行く。

沖田は足が竦み、その場から動けなくなった。

 

『私のせいだ…私が断ったから…、あんな自害を…』

 

沖田は全身を震わせ、胃からせり上げる物を吐き出す。そこからの意識はなかった。

 

 

幸いにも女は一命を取り留めたが、試衛館から去っていった。

 

沖田も、心配した近藤らに発見されたという。

そこから沖田は極端に女性を避けるようになった。沖田はハッと目が覚める。

全身からは嫌な汗をかいており、鼓動が早く脈打っていた。

 

ハア、と溜息を吐き両手で顔を覆う。

 

「もう…もう勘弁して下さい…」

 

まるで呪いのように、女子に触れた日は決まってこの夢を見た。

どうすれば解放されるのだろう。

 

 

障子を開けて外を見遣ればもう日は暮れ、月が控えめに夜空を照らしている。

 

 

それを眺めていると、軋む床板の音が徐々に大きく聞こえてきた。

 

「沖田さん、もう大丈夫なのか」

 

そこへ